佐渡&カーセンによる「キャンディード」
第104回
来る8月6日(金)7日(土)8日(日)の3日間、東京渋谷の文化村オーチャードホールで佐渡裕指揮によるバーンスタイン「キャンディード」が上演されます。
バーンスタインの代表作とも言えるオペラを愛弟子の佐渡がバーンスタインの没後20周年にやるというのですから、まあ順当なようにきこえます。これは兵庫県立芸術文化センターの制作によるもので兵庫公演を経て東京公演になるわけですが、兵庫の会館の5周年事業でもあります。
兵庫県立芸術文化センターでは芸術監督に佐渡裕を招いて独特な運営による兵庫県立芸術文化センター管弦楽団を常設し、オペラも毎年制作してきました。それらは「蝶々夫人」でも「魔笛」でも「メリーウィドウ」でも人気落語家が出演したり、集客力のある日本人歌手を起用したり、興行的にも成功するべく丁寧に作られていました。その結果、普通日本でのオペラ上演回数は数回なのが、追加公演を入れて10回とかその前後の数字に至ったりしています。
それは基本的には兵庫の地元での公演で、「カルメン」は二期会と組んで東京や名古屋でもやって同じように成功させていました。
佐渡裕は「題名のない音楽会」に見せる顔に代表されるように、楽しく分かりやすく敷居低く音楽ファン以外を音楽に連れてくる活動が得意です。オペラにも大衆演劇的要素は強くあり、そのあたりを上手く使って、興行的にも成功させているわけです。
佐渡はもう一つヨーロッパでは、現役のマーケットに参加することのできた普通の指揮者として、ポピュラーでないクラシック曲やら現代音楽でも音楽的水準も聴衆への感銘も与え続けないといけない、という仕事もやり続けています。そのランクの指揮者としてはまだ若手から中堅になったくらいですから。
こういう「美味しくない曲」でも成功してはじめてリピートも来るし、やりたい曲もでき、それを繰り返して押しも押されぬ中堅以上の巨匠となってくるわけです。小澤さんもそうでした。佐渡さんや大野和士さんはこの壁を乗り越えて次の段階に入ってきていますが。
今回の「キャンディード」は日本向けに分かりやすく楽しい要素を満載させた作りではありません。ロバート・カーセンがパリのシャトレー座から頼まれて演出し作り上げたバージョンで、その後スカラ座やロンドンのイングリッシュ・ナショナル・オペラでも手を加えながら繰り返されている国際的スタンダード作品です。
出演者もヴォルテールがアレックス・ジェニングズ、キャンディードがジェレミー・フィンチ、グネゴンデがマーニー・ブレッケンリッジと、大変な実力者揃いとはいえ、普通の日本のお客様には馴染みの無い名前が並ぶばかりです。
つまり佐渡裕がふだんヨーロッパでやっていることに近い作り方のオペラでの日本公演ということになります。ヨーロッパの著名オペラハウスの引越公演はそれなりに目玉を並べてきますが、それよりもっと本格的な国際スタンダードをそのまま持ってくるやり方、と言えるでしょう。
これはバーンスタイン記念イヤーとか佐渡のこれまでの実績とか兵庫の主催者の蓄積されたノウハウとか様々なことが重なって実現されたのでしょうが、それにしてもなかなか大変です。
シャトレーやスカラやENO(イングリッシュ・ナショナル・オペラ)で得てきた高い評価と、それを実際の日本の観客にとってもリアルな面白い体験につなげるためには様々な工夫が要ります。主催側スタッフが、それを理解し広報することが第一歩ですが。
「キャンディード」は決してわかりやすい作品ではありません。筋は荒唐無稽でちょっとくらい予習していってもすぐに分からなくなる危険すらあります。音楽的にも序曲こそ「題名のない音楽会」のテーマになっていたりで「わー!楽しそう」となりますが、すぐに変拍子、不協和音、民族系音楽、などなど複雑な要素が入ってきます。何しろ巨人バーンスタインが人生全体で得たモノを注ぎ込んだような作品ですから、語法だけでも単純ではありません。これに比べれば一色で作られた現代音楽のほうがよほど分かりやすいでしょう。
そう、「キャンディード」という作品自体も今回のプロダクションも、じつは極めてアーティスティックな本格的公演なのです。「ウェストサイドのように楽しい」「佐渡さんだから理屈抜きにエンタテインメントだろう」と思って劇場に行くと、ちょっと違う3時間が流れているかも知れません。
そのギャップをうめる広報宣伝、プロモーション、見せ方は主催者の力量ということになり、そのあたりも問われる今回の3日間の東京公演です。
で、「ちょっと小難しそう」なのは分かったが、「そこを踏ん張って付き合う価値は結局あるのか?」ということになりますと、これは間違い無くあります。バーンスタインのことを好きでも嫌いでもあれだけの巨人が生涯を注ぎ込んだのですから、汲めども尽きぬものは溢れています。
そして、ヨーロッパでも何十年と生き残っている佐渡裕の音楽的底力がこんなに発揮される機会もなかなか無いでしょう。
複数回見る、予習をたっぷりする、その他何でも結構ですから油断せずに構えて立ち向かえば立ち向かうほど楽しく帰ってこれる、そういった種類の公演に思えます。高い席で1回見るより安い席で2回ご覧になるのがお薦めです。(平井洋)
http://candide.jp/index.html
http://candide.jp/ticket.html#tokyo
チケットスペース 03-3234-9999
Bunkamura チケットセンター03-3477-9999




