アーティストScene

このコーナーではアーティストをご紹介致します。

豊田泰久インタビュー後半

専門:
ホール音響設計
略歴:
豊田泰久(とよた・やすひさ)

1952年広島県福山市生まれ。
1972年九州芸術工科大学音響設計学科に入学。
1977年永田音響設計に入社。現在、同社現地法人Nagata Acoustics代表としてロサンゼルスを拠点として活動。これまで手がけたコンサートホールや多目的ホールのプロジェクト数は50以上。代表的なものとしては、福島市音楽堂(1984年)、サントリーホール(1986年)、北九州響ホール(1993年)、福山リーデンローズ(1994年)、長岡リリックコンサートホール(1994年)、京都コンサートホール(1995年)、札幌コンサートホール(1997年)、千葉ぱるるコンサートホール(2000年)、Bard College Performing Arts Center(ニューヨーク/アメリカ)(2003年)、Walt Disney Concert Hall(ロサンゼルス/アメリカ)(2003年)、Mariinsky Theatre Concert Hall (サンクトペテルブルグ/ロシア)(2006年)Shenzhen Cultural Center Concert Hall(シンセン/中国)(2007年)、Danish Radio Concert Hall (コペンハーゲン/デンマーク)(2009年)の他、現在、Helsinki Music Center(ヘルシンキ/フィンランド)、Hamburg Philharmonie(ハンブルグ/ドイツ)、New World Symphony(マイアミ/アメリカ)、Kansas City Performing Arts Center(カンザス・シティ/アメリカ)、Radio France Concert Hall(パリ/フランス)、Philharmonie de Paris(パリ/フランス)等のプロジェクトを担当。2004年8月、Art Center College of Design (カリフォルニア/アメリカ)、および Bard College (ニューヨーク/アメリカ) の2大学より名誉博士号を授与された。
comment

(前回掲載の前半
http://musicscene.jp/497
に続く後半)

--  応募することもあるんですか?

豊田  応募は無いですね。建築家はありますけど。音響はその狭い世界だからオープンに公募というほどではないです。建築家が応募するときに「この音響設計家と組んで」というのはありますけど。

--  ウォルト・ディズニーももちろんだけどキタラだってPMFやっていて国際的にある程度知られているし、サントリーだってそうですもんね。

豊田  おかげさまでね。あと音楽監督的な影響力を持っている指揮者とかから名前を出してもらう、とかのこともあります。この前もゲルギエフから突然電話がかかってきて、「今、マリス・ヤンソンスとキタラと川崎とどちらが音がいいか論争している。おまえはどっちなんだ?」みたいな。そんなこと言われてもネー。どちらもからんだんだから。

-- まあワガママだからね。思いついたら電話と。

豊田  そんな感じで指揮者とか建築家とか自治体からとかどっかからで一旦引っ掛かれば、あとは普通にインタビューとか資料提出とか一生懸命やって取っていくと。そんなことです。

--  そういう引っ掛かりのソサエティに入って国際的に仕事を取っていくのは日本にいてもできそうな気もしますけど?

豊田  まず成田からどこか外国に出かけるのと、LAからヨーロッパにいくのでは、重さが大分違う。日本からだとどうしても「よっこらしょ」と重い感じになってしまう。LAからだと普通の出張。
やはり日本語環境で落ち着いてしまっているのと、上手ではないにしても英語環境から英語環境に動くのでは重さが違います。それと具体的に英語の資料一式整えるのもどうしたって現地英語スタッフのいるLAのほうが早いですし。

--  その重さの違いはありますよね。年取ってのんびりとなったら、その母国語の環境のほうがいいかもしれないけど、現役ビジネス中は、そのおっしゃる軽さは絶対的に大きいでしょう。

豊田  じつは一昨年にLA以外にパリにヨーロッパの事務所を開いたんです。パリ市内で3つプロジェクトがあることもあって。EUの首都のブラッセルとかロンドンとかスイスとかいろんな候補はあったんですけど。

--  パリで3つも仕事があるんですか?

豊田  パリ管弦楽団の本拠地になるところと、ラジオフランスがらみと、メジャーブランドの多目的ホールとかですけど、何せ御存知のフランスのビュオクラシーというか。

--  オケもホールもオペラハウスも官僚主義との戦いというか官僚主義そのものというか・・・

豊田  そのど真ん中にいるわけだから「いつ出来上がるか」なんですけど、ともかくフランス人も置いてオフィスをかまえていると。今はヨーロッパの仕事がわりと多いんです。ハンブルクやヘルシンキの新しいシンフォニーホールとか。ヘルシンキは来年もうオープンのはず。あとスペインのヴィットリア。ヨーロッパはことばも英語がお互いに第二外国語ですから、そういう意味では楽と言えば楽です。

--  指揮者の佐渡裕さんはポジションがなくても今ベルリンに住んでおられますけど、演奏家とかではなくてオペラ制作とかコンサートマネジャーとか、そういった演奏家以外の職種でも、海外に住んでフットワーク軽くあちこちの仕事をする日本人がもう少しいてもいいと思いますけど。豊田さんなんかは例外的さきがけというか。そういう層が増えれば日本での支配人、インテンダント的人材の薄さというか適任者不在も解消されてくるかと。

豊田  それはすごく大事なポイントでしょう。日本人演奏家はそこそこ頑張っていますけど。もうどっちみち日本の中だけで完結してやっていくわけにもいかないんですからね。最初ディズニーの仕事のコンペ段階で「LAで成功したらメジャーリーグに入れて世界に知られるよ」って言われて「なに?こっちは世界の東京だぜ。」とも内心思ったけど、やっぱりそういう面もあるんです。

--  中国人も韓国人もどこでも目立つ重要なポジションにいますよね。

豊田  中国人は絶対数が多いからまだ分かりますが、韓国は人数も経済力も日本より小さいはずなのに、頑張ってます。一つはマスコミがもっと警告したほうがいいと思います。特派員とかせっかく張り巡らしているんだろうから、肌で分かってそういうことしないと。一応情報流しているからかえって分かったような気になってしまっているけど、実際は国際的な面が全く理解できなくて崖っぷちに近づいている気がしてしまいます。

-- LAで日本の音楽家とかの付き合いってあります?Midoriさんはちょっと別にして。

豊田  ロス・フィルって意外なことに日本人がいないんです。今偶然カンザスシティってアメリカの中でもど真ん中の街の1600席のコンサートホールと1800席のオペラハウスのプロジェクトをやってるんですけど、そこは逆にコンマス、2ndヴァイオリンとヴィオラのトップが日本人、さらにチェロトップが日系人ていうこれまた極端なところでしたけど、ロスはその正反対。

--  LAなんて日本人がいちばんいそうな町なのに。

豊田  日本人ソサエティはでかいのがあって各県人会もあるくらいですけど、どういうわけかオケはそんな感じです。LAは正式なオペラハウスやそこ専属のオケもないですし。そういう意味ではサンフランシスコの方がオペラなんかはちゃんとしてますね。

--  サンフランシスコと言えばマイケル・ティルソン・トーマスはサンフランシスコ響で長期政権ですね。

豊田  うまくやってますね。MTT(マイケル・ティルソン・トーマス)はそことマイアミでニューワールドっていうユースオケやってるんですけど、そこの本拠地ホールがこのたびできて、音響を担当しました。特殊なオケで若者のリハーサルがメインですからホールは小さいんですけど、出演者用スペースはたっぷり必要、という音響的にはちょっとチャレンジングで。さらにインターネットⅡって彼ら呼んでましたけど離れたところとマスタークラスができるとかインターネットとのコラボレーションとか、そっち面は凝ったホールです。

--  同じく豊田さんが手がけられたマリインスキーのコンサートホールも確か1000席前後でしたよね。

豊田  1100です。

--  セント・ピータースバーグの新ホールなら2000席とか作りそうに思えますが。

豊田  まあそれは話すと長いんですけど。あそこにはまず2000席のオペラハウスであるマリンスキー劇場がある。

--  それも建て直すとか?

豊田  それがさ、ゲルギエフの構想ではリンカーンセンターみたいに、そこに皆が見に来てくれるような大施設群を作りたい。稼ぎにでかけなくていいように。それでまずはオーケストラが3つあるんです。世代交代をスムーズにというのもあるし、日本公演の時とかも現地でも続けられるために。
それでオペラハウスも1つではとても足りないからもう一つ。これも2000席。マリインスキーⅡですね。ただしフェデラル(連邦政府)が主体でフランス以上にいつになったら進むのやら。
そこから2ブロック先の倉庫みたいに使ってたビルが火災で結局そこに新コンサートホールを造ることにした。古都だから景観保護上外壁はそのままで。そのなかにすっぽりはまるホールを造るとキャパは1100しかとれない、とこういうわけなんです。

-- 面白いけど確かに長い話し。

豊田  ヴァレリー・ゲルギエフの周辺ってノンフィクションがいくらでも作れるようなこんな話しばっかですよ。

--  そうやって世界各地でご活躍ということで言うと、すごい先はともかく、ここしばらくはLAにいて現役ということですか?

豊田  実際うちの事務所でいえば、日本のことは日本でやってるからこちらの担当職務は無いし。それに我々の世代って年金もよく分からないし、立派な退職金もないとなれば、否が応でもやってないと食えないでしょ?

--  まあ、それもそうだけど、要するに生涯現役型ですか。

豊田  まあそうですね。それからLAにいる人が皆わりと考えてるのは老後どっちに住むか。LAか日本か。子供のこともそれぞれ事情が違うから一概には言えませんけどね。日本以外で老後住むとなったらロスはわりといいですよ。気候はいいし、日本人社会もあるし、日本食もいくらでも食えるし。

-- 英語ですしね。

豊田  それもあります。パリなんて観光に行くのはいいけど住むとなったら大変ですよ。

--  ロスに住んでノイローゼになる日本人もいるかもしれないけど、パリに住んでノイローゼになる日本人ははるかに多いみたいですね。

豊田  まあそんなことでしばらくはいるから一度来てくださいよ。デュダメルも来たし。彼は最初は「どんなものか?」とも思ったけどやっぱり凄いですからね。

--  そうですね。私もテルアビブまでわざわざ見に行ったけど本物だと思いました。

豊田  彼はそもそもバンベルクのマーラーコンクールというのをとって出てきたんですよ。バンベルクはちょうどこちらがシンフォニーホールの改修の音響をやっててジョナサン・ノットやら支配人やら付き合いがあって。その支配人から「今度のマーラーコンクールをとった指揮者は面白い」ってDVDをもらってた。しばらくしてロス・フィルである新人が振る会があっていったら、いつもと様子が違う。エサ・ペッカはいるし、デボラ(支配人)もいる。出だしのコダーイのガランタ舞曲のチェロが出てきたら、音も普段と全く違う。それでプログラムで指揮者の名前を見て「ああバンベルクのDVDのあいつだ」と。それから数ヶ月後にデュダメルの音楽監督就任の発表があってLAタイムスの見出しは「Sorry Chicago!」。バレンボイムの後のシカゴという話しもありましたから。まあそんなことで今はデュダメルで大変ですよ。

2010年初夏 東京 本郷にて

インタビュー・文責=平井洋