特集Scene

「キャンディード」東京公演全3日間拝見

第107回

(C)N.Ikegami

2010年8月18日

事前にこの覧でもご紹介させていただいた佐渡裕指揮ロバート・カーセン演出のバーンスタイン作曲「キャンディード」東京公演全3日間を拝見しました。

今回は2010年8月6日から8日の3日間連続公演でシングルキャストです。つまり同じ出演者が歌いっぱなし。この3日だけでなく、その前には兵庫で7回公演を済ませてきています。その兵庫公演の間も休みは2日だけ。

我々が本番を2日間続けて拝見するのは大体がダブルキャストなのですが、それより多い3日間を同一キャストとなると、比較の観点も随分変わってきます。

このプロダクションはパリのシャトレー劇場、ミラノのスカラ座、ロンドンのイングリッシュナショナルオペラで制作されたものを日本へ持ってきたものです。こういう場合、演出家と指揮者は共通していても歌手はすべて日本組ということもままありますが、今回は主要歌手すべてとダンサーなども含めて海外共同制作チームがすっぽり来日した全くの国際水準版でした。

そしてその3日間の感想としては、まずは「ムラの無さ」があげられます。1:0のプロ野球の試合のようなもので、目立つエラーも無く、それぞれがプロの仕事をこなしていて、ハラハラさせられる部分がありません。

プロの興行ですから当たり前なのですが、実際はそうでもない場合もあるのが現状です。もちろん生ものの舞台はそれも含めて楽しみではありますが、その程度が日本で拝見出来るいつもの水準より2段階くらいは上でした。もちろん細かく言えば色々あったでしょうが、それを一般客には分からないように修復するのも技術のうちです。

日本のオペラ興行では、歌手にチケットを売ってもらったり、知名度のある出演者を券売優先で起用したり、色々な工夫で普段は成り立っています。ものごとは現実に即してやらなくてはいけませんから、それも理由も意味もあることです。

ですが、やはり段々慣れてくれば内容的に高度なものを求めるようになります。今回ははっきりそちらに振っています。主催は兵庫県立芸術文化センターで佐渡裕プロデュースオペラシリーズとして蓄積したノウハウも使っての今回の招聘でしたから、当然兵庫公演が中心になります。それを、せっかくの招聘ですから、儲けになるとも思えませんが3回の東京公演も行われたのは首都圏の観客にとって幸運でした。

その3日間のムラの無さを拝見すると「本当は同一キャストで3日間連続でもこの水準でできるんだ」という印象をつい持ってしまいます。ただPA(マイク、スピーカーによる音響増幅)は使われていましたが。生声のオペラでは3日連続は確かに歌手にとって難しいでしょう。

原作者ヴォルテール、楽観主義者パンクロス、悲観主義者マーティンの3役の語り手のアレックス・ジェニングスのセリフが中心となった進行ですからPAが中心になるのは分かります。それらのせりふをかなりの明瞭度でだすためでしょうか、大きめのPAでした。それに合わせて歌唱もオーケストラもはっきりしたPAサウンド。

これはやや意外でした。クラシック系のヨーロッパ3劇場の制作ですし、オペラ的に作るやり方もあるキャンディードですから、オーケストラやアリアは極力、生にして、セリフの最低限のバランスだけPAでとるかとも思いましたが。

もうこの曲は完全に手に入っているように見える佐渡裕はピット内で実に細かく音色、バランスなどを動かしていました。それがピットのあちこちから立ち上がってくのではなくて左右のスピーカーからの音量差だけででてくるのは個人的にはちょっと残念でした。

今回は演出のロバート・カーセンも来日して作り上げていますからもちろんそのあたりも承知の上での判断でしょう。最後は客席もオールスタンディングでしたから観客の皆様の支持も得たことになります。

そのカーセンの演出は読み替えも含めて徹底したカーセン流。猥雑さや不合理のごった煮ではなく、楽観性と悲観性の間で揺れ動き、最後は「「自分の畑を耕すのみ」に至るすっきりした一直線の進行でした。

演奏でも訳が分からないのは演奏者が分からず弾いていることが多いですが、演出が筋を通しているとここまで分かりやすくなるか、といった舞台でした。

そのカーセン流への好き嫌いはありうると思いましたが、4箇所目のプロダクションで、ただでさえ手練れの出演者達の歌唱も演技も更に練り上げられ、日本組のオーケストラ、コーラスも指揮者の手兵で一体となって燃え上がる、という完成度としてはまあ文句のつけようもないものに至っていました。

バーンスタインも没後20年で、いよいよ作曲家としてどの作品が残っていくか、という時期になってきます。交響曲や「ウエスト・サイド」「セレナード」「ミサ」などと並んで「キャンディード」も残るかどうか。今回の公演はこの曲が日本で今後どうなっていくかに大きな影響を与えるものになったように思えます。(平井洋)